Created on September 10, 2023 by vansw

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本を読みながら、スコッチ・ウィスキーをオンザロックにして、グラスに一杯か二杯飲んだ。 そうするうちにだんだん眠くなり、だいたい十時頃にベッドに入って眠った。 寝付きは良い方で、 一度眠りに就いてしまうと、朝になるまでまず目は覚まさなかった。


朝や夕方、とくに何もすることがない時間には、町の周辺をあてもなく散歩した。 美しい音の する川沿いの道が、中でも私のお気に入りのコースだった。


川に沿って散歩用の道路が続いており、人通りはほとんどなかったが、時折ジョガーや、犬を 散歩させる人々とすれ違った。 道を何キロか下流に向けて進むと、舗装は突然ぷつんと途切れ、 道は川から逸れて広い草むらの中に入っていった。 かまわずにそのまま進んでいくと、しばらく して―――たぶん十分かそこら歩いたころに――その細い踏み分け道も消えてしまう。そして私は 行き止まりの草原の真ん中に一人で立っていた。緑の雑草は丈が高く、あたりには何の物音もし ない。 耳の中に沈黙が鳴っている。 赤いトンボの群れが私のまわりを音もなく舞っているだけだ。 見上げると、空は真っ青に晴れ上がっていた。 秋らしい白く堅い雲が、物語に挿入されたいく つかの断片的なエピソードのようにそこに位置を定めていた。 胸に息を吸い込むと、たくましい 草の匂いがした。そこはまさに草の王国であり、私はその草的な意味を解さない無遠慮な侵入者 だった。


そこに一人で立っていると、私はいつも悲しい気持ちになった。それはずいぶん昔に味わった 覚えのある、深い悲しみだった。私はその悲しみのことをとてもよく覚えていた。それは言葉で は説明しようのない、また時とともに消え去ることもない種類の深い悲しみだ。目に見えない傷


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