Created on September 10, 2023 by vansw
234
本を読みながら、スコッチ・ウィスキーをオンザロックにして、グラスに一杯か二杯飲んだ。 そうするうちにだんだん眠くなり、だいたい十時頃にベッドに入って眠った。 寝付きは良い方で、 一度眠りに就いてしまうと、朝になるまでまず目は覚まさなかった。
朝や夕方、とくに何もすることがない時間には、町の周辺をあてもなく散歩した。 美しい音の する川沿いの道が、中でも私のお気に入りのコースだった。
川に沿って散歩用の道路が続いており、人通りはほとんどなかったが、時折ジョガーや、犬を 散歩させる人々とすれ違った。 道を何キロか下流に向けて進むと、舗装は突然ぷつんと途切れ、 道は川から逸れて広い草むらの中に入っていった。 かまわずにそのまま進んでいくと、しばらく して―――たぶん十分かそこら歩いたころに――その細い踏み分け道も消えてしまう。そして私は 行き止まりの草原の真ん中に一人で立っていた。緑の雑草は丈が高く、あたりには何の物音もし ない。 耳の中に沈黙が鳴っている。 赤いトンボの群れが私のまわりを音もなく舞っているだけだ。 見上げると、空は真っ青に晴れ上がっていた。 秋らしい白く堅い雲が、物語に挿入されたいく つかの断片的なエピソードのようにそこに位置を定めていた。 胸に息を吸い込むと、たくましい 草の匂いがした。そこはまさに草の王国であり、私はその草的な意味を解さない無遠慮な侵入者 だった。
そこに一人で立っていると、私はいつも悲しい気持ちになった。それはずいぶん昔に味わった 覚えのある、深い悲しみだった。私はその悲しみのことをとてもよく覚えていた。それは言葉で は説明しようのない、また時とともに消え去ることもない種類の深い悲しみだ。目に見えない傷
234