Created on September 10, 2023 by vansw
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子易さんは不定期に、おそらくは気の向いたときに館長室に姿を見せた。 してだいたい三日 四日に一度というところだったろう。彼は静かに(ほとんど音も立てずに) ドアを開けて部屋 に入ってきて、三十分ばかり私とにこやかに話をし、 そしてまた静かに立ち去っていった。まる で心地よい風に吹かれるみたいに。 あとになって考えてみれば(そのときはとくに考えもしなか ったが)図書館以外の場所で私と子易さんが顔を合わせることは一度もなかった。そして私たち は常に二人きりだった。私たち以外の誰かがそこに居合わせたことはない。
子易さんはいつも同じ紺色のベレー帽をかぶり、巻きスカートをはいていた。スカートは何種 類か持っているようで、無地のものであったり、チェック柄のものであったりした。 色は概して 派手だった。 少なくとも地味ではなかった。そしてそのスカートの下に、ぴったりした黒いタイ ツのようなものをはいていた。
何度か会っているうちに、私も子易さんのそんな格好に馴染んで、とくに奇異に感じることは なくなってしまった。 彼がそんな服装で町を歩いているとき (当然歩くだろう)、まわりの人々 がどのような目で彼を見るのか、どんな反応を見せるのか、私にはちょっと想像もつかなかった。
231 第二部