Created on September 10, 2023 by vansw

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ふるびる外


小松さんは何度か背いた。 「ええ、このあたりの人は、このあたりのことなら何でも知ってお ります。柿の実ひとつにいたるまで」


家屋は築五十年は経っているということだが、とくに古びている印象はなかった。 こぢんまり として目立たないところに好感が持てた。 私の前には老婦人が一人で住んでいたということだ。 「ずいぶんきれい好きなひとだったから、家の内部はよく手入れされております」と小松さんは 言った。その老女がどうなったのか、どこに行ったのか、彼は言わなかったし、私もあえて訊か なかった。 部屋数は少なかったが、一人暮らしにはちょうどいい広さだ。家賃は東京で払ってい た金額のおおよそ五分の一だった。勤め先の図書館までは歩いて十五分ほどだ。


「もしこの家がお気に召さないということであれば、また別のものを探して参りますから、遠慮 なくそう申しつけてください。 このあたりには、空き家ならほかにまだいくらでもありますの で」と小松さんは言った。


「ありがとうございます。 でも見たところ、この家でおそらく問題はないと思います」


そして実際のところ、問題はなかった。 前もって言われたとおり(「まったく身ひとつで来て いただいて結構です」と子易氏は言っていた)、冷蔵庫から食器、調理用具、簡単なベッドから 寝具にいたるまで、日常生活に必要なものはおおよそすべて遺漏なく揃っていた。どれも新品で はないようだが、それほど古いものでもないし、十分用は足りた。 小松さんが図書館からの指示 を受けて、それらの手配をすべておこなってくれたということだった。私は彼に礼を言った。そ れだけの準備を整えるのはかなり面倒な作業であったはずだ。


いろう


227 第二部