Created on September 10, 2023 by vansw
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子易館長は老眼鏡をかけ、その名刺をいちおう確認してから、抽斗に仕舞った。 そして老眼鏡 を外して言った。
「ああ、送ってくだすった履歴書を拝見いたしました。 図書館勤務の経験もないし、資格も持っ ておられんということで、最初の段階ではお断りしようかとも思ったのです。 わたくしどもとし ては図書館運営の経験者を、ということで募集しておったものですから」
私は「もちろん」という顔をして肯いた。わたくしどもという表現がいったいどれほどの人数 を意味するのかはわからなかったが。
「しかし、ああ、いくつかの理由から、あなたを候補の一人として残すことにしたのです」、 子 易館長は太くて黒い万年筆を手に取り、それを指の間でくるくる回した。 「理由のひとつは、書 籍の流通に長年携わってこられたあなたの実績は、得がたいものだと思ったからです。そしてま だまだお若い。どういう事情があったのかは知りませんが、もっとも働き盛りの年齢で会社を退 職なさっておられる。 この職に応募されてきた方の大半は、既に定年退職された高年齢の方々で す。あなたのような若い方はほかにおられなかった」
私はもう一度肯いた。今の段階で私があえて口をはさむべき点は見当たらなかった。
「第三に、あなたが履歴書に添えておられた手紙を拝見すると、 あなたは図書館で働くことに強 い興味と関心を持っておられるようだ。それも大きな都会ではなく、地方の小規模な自治体で。 そういう解釈でよろしいですかな?」
そういうことだと私は答えた。館長はまたひとつ咳払いをしてから肯いた。
「こんな山深い田舎町での図書館の仕事が、 なんであなたにとってそれほど意味を持つことにな
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