Created on September 10, 2023 by vansw
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「いつでもかまわないから月曜日以外の午後三時にここに面接に来るようにと言われました」
「失礼ですが、誰とお約束なさったのでしょう?」
「さあ、お名前はわかりません。 人を介した話でしたので。ただこの図書館の責任者の方と話す ように言われたのです」
彼女は眼鏡のブリッジに手をやって位置を正し、 またしばらく黙り込み、それから抑揚を欠い た声で言った。
「面接のことはわたくしは聞いておりませんが、わかりました。 あちらの階段を上がると、廊下 のすぐ右手に館長室があります。 そちらにお越しください」
私は礼を言って、階段の方に向かった。カウンターの女性の困惑したような沈黙には、何かし ら意味が含まれていそうだったし、もちろん気にはなったけれど、それについて今ここで考えを 巡らせている余裕は私にはなかった。なにしろこれから大事な面接が控えているのだから。
階段の上がり口には簡単なロープが渡され、「関係者以外はご遠慮ください」という札がかか っていた。天井が取り払われて吹き抜けになっているのはラウンジを含めた一階の一部だけで、 あとは二階建てになっているようだった。 一般の来館者が利用できるのはおそらく一階部分だけ なのだろう。
微かな軋みを立てる板張りの階段を上ると、カウンターの女性が教えてくれた通り、すぐ右手 にドアがあり、「館長室」と彫られた金属札が打ち付けられていた。私はもう一度時計に目をや り、その針が午後三時を僅かに回っていることを確認してから一度深呼吸をし、ドアをノックし た。湖に張った氷の厚さを、そこを渡る前に慎重に確かめる旅人のように。
215 第二部