Created on September 10, 2023 by vansw

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合わせをしたときのことをふと思い出した。 私の頭はすぐにそのときの記憶でいっぱいになった。 その夏、私は十七歳だった。 そして私の中では、時間はそこで実質的に停止していた。 時計の 針はいつもどおり前に進み、時を刻んでいたが、私にとっての本当の時間は心の壁に埋め込 まれた時計はそのままぴたりと動きを止めていた。 それからの三十年近い歳月は、ただ空白 の穴埋めのために費やされてきたように思える。 からっぽの部分を何かで充たしておく必要があ るから、周りにある目についたものでとりあえず埋めていっただけだ。 空気を吸い込む必要があ るから、人は眠りながらも無意識のうちに呼吸を続ける。 それと同じことだ。


川を見てみたいとふと思った。 そうだ、この町に着いたとき、私はまず川を見に行くべきだっ たのだ。時間は余っていたのだから。


インターネットからプリントアウトしてきた町の地図をポケットから出して広げて見ると、そ の川は緩やかにカーブしながら町の外周近くを流れていた。それはどんな川なのだろう? そこ にはどんな水が流れているのだろう? 魚はいるのか? そこにはどんな橋がかかっているだろ う? しかし今から川まで行って、また戻ってくるだけの時間の余裕はもうなさそうだった。 図 書館の面接を終えたあとで、もしまだその気があるなら、ゆっくり見に行けばいい。


ほとんど味のない薄いコーヒーを飲み終え、紙コップを公園のゴミ箱に捨てた。 二人の幼い子 供たちはまだ遊具で遊び続けていた。 二人の若い母親はその隣で飽きることなくおしゃべりを続 けていた。水飲み場にカラスが一羽とまって、私の方をじっと横目で見ていた。よそ者である私 を注意深く観察し、行動を見守っているようでもあった。私はそのカラスが飛び立つのを待っ てから公園を出て、歩いて図書館に向かった。


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