Created on September 10, 2023 by vansw
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場にはタクシーは一台もおらず、また姿を見せそうな気配もなかった。バスを待っている人の姿 も見当たらなかった。 私は用意してきた地図で図書館の位置を確かめた。 駅から十分ほど歩けば そこに着くはずだ。だから私は町をぶらぶらと散歩して、それまでの時間を潰そうと思った。し かし十五分ばかりかけて町を一通り歩いてみたあとで、ここを散策してそれ以上の時間をつぶす のは不可能だという結論に達した。 そこにはとくに見るべきものがないのだ。駅前には小さな商 店街があったが、半分近くの店はシャッターをぴたりと下ろしていたし、開いている店もおおか たは眠りこけているようだった。
喫茶店に入って、コーヒーを飲みながら持参した本を読んでいようかとも思ったが、中に入り たいという気持ちになるような店は見当たらなかった。ファーストフードのチェーン店がひとつ もないのは光景として好ましくはあったが、それに代わる魅力的な (あるいは妥当な) 選択肢も なさそうだ。地元の人々はおそらく無個性なワンボックス・カーや軽自動車に乗って郊外に出か け、無個性なショッピングモールで買い物をしたり、食事をとったりするのだろう。日本国中ど こにでもある地方都市の典型だ。 「ローカルカラー」なんていう言葉はもはや死語になりつつあ るのかもしれない。
私は小さなコンビニエンスストアで熱いコーヒーを買って、その紙コップを手に、駅の近く にある小さな公園で時間を潰すことにした。年若い母親が二人、子供たちをそこで遊ばせていた。 小学校に上がる前の子供たちだ。 男の子が一人に、女の子が一人。 子供たちは遊具で遊び、母親 たちは並んで立って、熱心に何かを話し合っていた。私は硬いベンチに座って、そんな風景を見 るともなく見ていた。そうするうちに、高校生のとき、 ガールフレンドの家の近くの公園で待ち
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