Created on September 09, 2023 by vansw
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ことを、私はうまく説明しようと試みる。 それは簡単なことではないが、とにかく相手を納得さ せることになんとか成功する。 それから彼は次に、私が何か心理的なトラブルに遭遇しているの だろうと推測する。 ノイローゼとか、 初期中年クライシスみたいなものに。
「仕事に疲れたとかそういうことなら、しばらく休暇を取ればいいじゃないか」と上司は穏やか に私を説得する。 「有給休暇も溜まっているようだし、半月ほどバリ島かどこかで羽を伸ばし、 気分を一新してまた戻ってくればいいだろう。 そしてその時点でもう一度考え直せばいい」
私はそれまでこの直属の上司と良好な関係を維持してきたし、彼もまた私に好意に近いものを 抱いていたと思う。だからこんなことになって、彼に対して申し訳ないとは思った。 しかしたと え何があろうと、もうその職場に戻るつもりはない。 それは朝の最初の光のようにはっきりして いた。
私はただこの現実が自分にそぐわないと感じるだけなのだ。この場所の空気が自分の呼吸器に 合っていない、というのと同じように。ここにこのまま留まっていては、やがて呼吸をすること さえ困難になってしまうだろう。だから一刻も早く、次の停車駅でこの電車を降りてしまいたい ――私が望んでいるのはただそれだけだ。 どうしても必要なこと、そうしなくてはならないこと なのだ。
でもそんなことを言い出しても、上司には(そしてたぶん同僚たちにも) 理解されないだろう。 この現実が私のための現実ではないという肌身の感覚は、そこにある深い違和感は、おそらく誰 とも共有できないものだ。
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