Created on September 09, 2023 by vansw

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ている君の姿を、石畳の通りに蹄の音を響かせる気の毒な単角獣たちのことを、風に静かに揺れ


かわやなぎ


4625m


る中州の川柳の姿を、私は思い浮かべた。 朝と夕に門衛の吹き鳴らす角笛の音、姿の見えぬ夜啼


鳥の哀しげな訴求、夜ごと君と一緒に歩いた川沿いの道、古い敷石、口の中でとろける甘い林檎 菓子。 両手で包むようにして温めたいくつもの古い夢たち。 深い溜まりのある草原に降りしきる 真っ白な雪。街を隙間なく取り囲む、無表情な煉瓦の高い壁。 どのような刃物も、そこにかすり 傷ひとつつけることはできない。 そして何にも増して、簡素で清潔な衣服を身に着けた一人の美 しい少女の姿。それは私に約束されていたはずの光景だ。 その約束は果たされたのか? あるい は果たされなかったのか?


私は何らかの力によって、ある時点で二つに分かたれてしまったのかもしれない。そう考えて しまうことがある。 そしてもうひとりの私は今もあの高い壁に囲まれた街にいて、そこでひっそ りと日々を送っているのかもしれない。 毎夕あの図書館に通い、 彼女の作ってくれた緑色の薬草 茶を飲み、分厚い机の前でひたすら古い夢を読み続けているのかもしれない。


それがいちばん筋の通った、 まっとうな推測であるように思えてならない。 あるポイントで私 は二者択一の選択肢を与えられた。 そして今ここにいる私は、こちらの選択肢を選んだ私なのだ。 そしてもう一方で、あちらの選択肢を選んだ私がどこかにいる。どこか――おそらくは高い煉瓦 の壁に囲まれた街に。


こちらの「現実の世界」にあって、私は中年と呼ばれる年齢にさしかかった、これという際だ


どり


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