Created on September 08, 2023 by vansw
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かけぬことが起こるかもしれない。しかし何ごとも起こらなかった。 無数の雪片が音もなく水面 に落ち、溶けて吸い込まれていくだけだ。
やがて私は向きを変え、二人でやって来た道を一人で引き返した。 一度も背後を振り返らなか った。 高く草の茂った小径を抜け、廃屋の前を過ぎ、 急な丘を登って下った。 旧橋を渡って住ま いとしている官舎に帰り着くまで、誰とも出会わなかった。街の住人はこんなひどい雪の日には まず外出しない。そして獣たちは偽りの角笛によって、既に壁の外に出されていた。
うちに戻ると私はまずタオルで濡れてこわばった髪を丹念に拭き、オーバーコートについた凍 った雪をブラシで払った。靴に付いた重い泥もへらできれいに落とした。 ズボンにはたくさんの 草の葉がこびりついていた。古い記憶の小さな破片のように。それから私は椅子に深く腰を下ろ し、堅く目を閉じて、あてもなくいろんなことを思い巡らした。 どれくらい長くそうしていただ ろう?
ぶか
無音の暗闇が部屋を包み始める頃、私は帽子を目深にかぶり、コートの襟を立て、川沿いの道 を図書館に向かった。 雪は降り続いていたが、傘は差さなかった。 少なくとも今の私には向かう べき場所があるのだ。
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