Created on September 08, 2023 by vansw
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界でますます孤独になっていくだろう。そして今より更に深い闇と直面することになるだろう。 ぼくがその世界で幸福になることは、まずあり得ない。もちろんこの街だって完全な場所とは言 えない。 君が指摘したように、 この街は多くの矛盾をはらんで成立している。 そしてその矛盾を 解消するために、つじつまを合わせるために、いろんな複雑な操作がおこなわれている。 そして 永遠というのは長い時間だ。 そのあいだにぼくの個体としての意識は徐々に薄らぎ、ぼくという 存在はこの街に呑み込まれていくかもしれない。 でももしそうだとしても、 それでかまわない。 ここにいれば少なくともぼくは孤独ではない。 この街で自分がとりあえず何をすればいいのか、 何をするべきなのか、 それがわかっているから」
「古い夢を読むことですね」
「誰かがそれを読んでやらなくてはならないんだ。殻の中に閉じ込められて埃をかぶっている無 数の古い夢を、誰かが解き放っていかなくてはならない。ぼくにはそれができるし、彼らはそれ を求めている」
「そして図書館の書庫のどこかには、彼女の残した古い夢がひっそり眠っているかもしれない」 私は肯いた。「あるいはそうかもしれない。 君の立てた仮説が正しければ、ということだけれ
「でも、それがあんたの心の求めていることのひとつになっている」
私は沈黙を守った。
影は深いため息をついた。
「もしあんたをここに残したまま、壁の外に出て行ったとしたら、おれは遠からず死んでしまう
181 第一部