Created on September 08, 2023 by vansw

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ふさわ


影は長いあいだ私の顔を見つめていた。何かを言おうと何度か試みたが、そのたびに言葉を呑 み込んだ。うまく噛み切れない食物を、諦めて喉の奥に送り込むみたいに。おそらく相応しい言 葉が見つけられなかったのだろう。彼はうつむいて、凍えた地面にブーツの先で小さな図形を描 いた。そしてすぐに靴底でごしごしとその図形を消し去った。


「よくよく考えた末のことなんでしょうね」と彼は言った。「ただここに飛び込むのがおっかな いから、というのではありませんよね?」


私は首を振った。「いや、もう怖くはない。 さっきまではたしかに恐怖を感じていたけど、今 はもうそんなことはない。君の言うことはそれなりに真実なのだろう。そうしようと思えば、ほ くらは一緒にこの壁を無事にくぐり抜けられると思う」


「それでもやはり、あんたはここに残るんですね?」


私はいた。


「それはどうしてでしょう?」


「まずだいいちに、もとの世界に戻ることの意味がどうしても見いだせないんだ。ぼくはその世


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