Created on September 08, 2023 by vansw
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最後の藪を急ぎ足で抜け、溜まりの見える草原に出た。 溜まりに着くと、私は影を背中から下 ろした。影はまだいくぶんふらついてはいたが、なんとか自分一人で歩ける状態にまで回復して いた。痩せこけた顔に僅かに血色が戻っていた。ずいぶん長いあいだ密着していたのだが、その 時点では私と影とはまだひとつになっておらず、相変わらず離ればなれの存在だった。 一体化で きるだけの活力を、影はまだ取り戻していないのかもしれない。
「負ぶってもらっている間に必要な養分を受け取ることができました」 と影は言った。 「十分と はいえませんが、用は足りるはずです。一息入れてから脱出にかかりましょう」
私はそこに立ち、呼吸を整えながら注意深く周囲を見回した。 溜まりの様子は前に見たときと 変わりない。美しく澄んだ青い水、さざ波ひとつない穏やかな水面、 深い底から断続的に聞こえ る、喉を詰まらせたようなごほごほという水音。 そこに時折、不穏な喘ぎが混じる。 洞窟に吸い 込まれていく大量の水が立てる音だ。 他には何の音も聞こえない。 風もぴたりと止んでいる。 飛 ぶ鳥の姿もない。あたり一面に無音の純白な雪が降りしきっている。 なんて美しい風景だろうと 私は思った。 心を打たれた、と言ってもいい。 私はこの風景を、おそらく息を引き取るその瞬間
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