Created on September 08, 2023 by vansw
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壁は言った。おまえたちに壁を抜けることなどできはしない。 たとえひとつ壁を抜けられても、 その先には別の壁が待ち受けている。 何をしたところで結局は同じだ。
「耳を貸さないで」と影が言った。 「恐れてはいけません。 前に向けて走るんです。 疑いを捨て、 自分の心を信じて」
ああ、走ればいい、と壁は言った。そして大きな声で笑った。 好きなだけ遠くまで走るといい。 私はいつもそこにいる。
壁の笑い声を聞きながら、私は顔を上げずにまっすぐ前に走り続け、そこにあるはずの壁に突 した。今となっては影の言うことを信じるしかない。 恐れてはならない。私は力を振り絞って 疑念を捨て、自分の心を信じた。 そして私と影は、硬い煉瓦でできているはずの分厚い壁を半ば 泳ぐような格好で通り抜けた。まるで柔らかなゼリーの層をくぐり抜けるみたいに。 そこにあっ たのは喩えようもなく奇妙な感触だった。その層は物質と非物質の間にある何かでできているら しかった。そこには時間も距離もなく、不揃いな粒が混じったような特殊な抵抗感があるだけだ。 私は目を閉じたままそのぐにゃりとした障害の層を突っ切った。
「言ったとおりでしょう」 と影が耳元で言った。「すべては幻影なんだって」
私の心臓は肋骨の檻の中で、乾いた硬い音を立て続けていた。 耳の奥にはまだ壁の高らかな笑 い声が残っていた。
好きなだけ遠くまで走るといい。 壁は私にそう言った。私はいつもそこにいる。
たと
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