Created on September 07, 2023 by vansw

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影は説明した。 「角笛を吹き鳴らせば、獣たちはそれを耳にして、集まって門に向かいます。 そうなると門衛は門を開けて、彼らを外に出さなくちゃなりません。 そしてすべての獣を外に出 し終えてから門を閉めます。それが規則で定められた彼の仕事です。 すべての獣を外に出し終え


るまでには時間がかかります。 それだけの時間をおれたちは稼げたってことです」


私は感心して影を見た。 「ずいぶん知恵が働くんだね」


「いいですか、 この街は完全じゃありません。壁だってやはり完全じゃない。完全なものなどこ の世界には存在しません。 どんなものにも弱点は必ずあるし、この街の弱点のひとつはあの獣た ちです。 彼らを朝と夕に出入りさせることで、街は均衡を保っています。 おれたちは今そのバラ ンスを崩したわけです」


「きっと街は腹を立てることだろうね」


「たぶん」と影は言った。 「もし街に感情みたいなものがそなわっているなら」


指でふくらはぎを揉みほぐしているうちに、私の両脚はようやく柔軟性を取り戻したようだっ た。 「さあ、出発しよう」、私は立ち上がり、再び彼を背中に負った。


あとは下り道だ。私はひとまず回復した足でその坂を下った。時折上り坂もあったが、ほとん どは下りだった。足元に注意しなくてはならなかったが、もう呼吸が乱れるようなことはなかっ た。やがてはっきりした小径が消え、その先は判別のむずかしい踏み分け道になった。 朽ち果て た小さな集落の前を通り過ぎる。 雪は相変わらず降り続けていた。雪は私の髪に付着し、こわば った塊に変えた。帽子をかぶってこなかったことを私は少しばかり悔やんだ。 空全体を覆う分厚 雪雲は、内部に無尽蔵の雪を含んでいるようだ。 そして進むにつれ、溜まりの立てるあの奇妙


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