Created on September 07, 2023 by vansw
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なんとか丘のてっぺんまで登り切ったとき、両脚は石のようにこわばり、ふくらはぎが痙攣して いた。
「悪いけど少しだけ休ませてくれ」と私は地面にしゃがみ込んで、息を切らして言った。それが 時間との競争であることはわかっていたが、脚がほとんど動かない状態だった。
「いいからしばらくここで休んで下さい。 おれが自分で走れないのがいけないんだから、あんた が気に病むことはありません。その角笛をちょいと貸してくれませんか?」
「角笛を?角笛で何をするんだ?」
「いいから貸して下さい」
私は訳のわからないまま、盗んできた角笛をコートのポケットから取り出し、影に手渡した。 影はそれを口にあて、大きく息を吸い込み、 力を振り絞るようにして吹いた。眼下に見える街に 向かって長く一度、短く三度。 いつもの角笛の響きだ。影がそれほど巧みに角笛を吹けることに 私は驚いた。門衛が吹く音色とほとんど変わりがない。いつの間にそんな技術を身につけたのだ ろう。見よう見まねで覚えたのか?
「何をしたんだい、いったい?」
「ごらんのとおり角笛を吹いたんです。 これで時間がしばらく稼げますよ」、そして影はその角 笛を、 すぐわかるように手近な木の幹に掛けた。「こうしておけば、 門衛がこれを見つけて、 取
り戻すことができます。 どうせこの道をたどって、おれたちを追ってくるでしょうからね。 角笛
が手に戻れば、少しは怒りが和らぐかもしれません」
「しばらく時間が稼げるというのは?」
やわ
171 第一部