Created on September 07, 2023 by vansw

Tags: No tags

163


くの前から煙のように姿を消してしまうかもしれない。 そしてぼくは一人であとに残される。空 っぽの心を抱えて。


何があろうと、再びそんな思いを味わいたくはなかった。そんな目に遭うくらいなら、一人で 孤独に静かに暮らしていた方がまだましだ。


日々の料理を自分で作り、ジムに通って体調を管理し、身のまわりを清潔に保ち、余暇には本 を読む。規則性を重んじることが独身生活には何にも増して大事なことになる規則性と単調 さとの間に線を引くのは、ときとしてむずかしいものになるとしても。


周囲には、ぼくの生活は自由で気ままなものに映ったかもしれない。 たしかにぼくはそのよう な自由さを、日常の静けさをありがたく受け止めていた。でもそれはあくまでほくという人間に してなんとか受容できる種類の生き方であって、他の人にはきっと耐えがたいものであったろう。 あまりに単調で、あまりに静かで、 そしてなにより孤独で。



1


しかし三十代を終え、 四十歳の誕生日を迎えたときには、さすがにささやかな動揺があった。 結局のところ誰と結ばれることもなく、このままひとりぼっちで一生を送るのだろうか? これ から先、ぼくは着実に年老いていくだろう。 そして更に孤独になっていくはずだ。 やがては人生 の下り坂を迎え、身体的能力も次第に失われていく。これまで意識もせず簡単にできていたこと が、できなくなっていくだろう。そんな自分の未来の姿はまだ具体的には想像できないが、決し て心愉しいものでないことは容易に想像がつく。



163