Created on September 07, 2023 by vansw

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からぼくは彼女を傷つけ、その結果ぼく自身を傷つけることになった。そしてぼくは更に孤独に なる。


五年をかけて大学を卒業し、書籍の取次をする会社に就職する。 故郷には戻らない。 仕事の幅 は広く、覚えるべきことはたくさんある。 ほくとしては出版社に入って編集現場の仕事をしたか ったのだが、どの出版社も面接ではねられてしまった。 大学での学業成績が思わしくなかったた めだろう。でも書籍取次業ももちろん本を扱う仕事であり、本来の志とは少し違ってもそれなり にやりがいはある。そうしてぼくは社会人としてまずまず不足のない日々を送るようになる。 仕 事にも慣れ、次第に責任のある役割を与えられるようになる。


でも女性との関わりについて言えば、ほぼ同じことの繰り返しだった。 人並みに何人かの女性 たちと交際したし、真剣に結婚を考えたこともあった。 決して遊び半分でつきあっていたわけで はない。 でも結局のところ、彼女たちとの間に本当の意味での信頼関係を築き上げることはでき なかった。そうできればよかったのだが、どの場合もうまくいかなかった。最後に何かが起こり、 いつもぼくはしくじってしまった――しくじるというのが実にぴったりの表現だ。


その理由はふたつある。ひとつにはぼくには常にきみがいたからだ。 きみの存在が、きみの言 葉が、きみの姿が、ぼくの心をどうしても離れなかった。ぼくはいつだって、意識の深い場所で きみのことを考え続けていた。それがおそらくいちばん大きな理由だ。


しかしそれと同時に、ぼくの中には一貫した怯えがあった。もし無条件で誰かを愛したとして、 その愛した人からある日突然、 理由も告げられず、わけもわからないままきっぱり拒絶されるこ とになったら、という怯えだ。その女性はかつてきみがそうしたように何も言わず、ほ


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