Created on September 07, 2023 by vansw
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させてくれたのだ。そしてこう思った。ああ、こんなことをしていてはいけないんだ、と。
このままこんな生活を続けていたら、身も心もぼろぼろになってしまうし、もしきみがいつか ぼくの元に戻ってきたとしても、きみをうまく受けとめることができなくなっているかもしれな い。そんな事態だけは避けなくては。
ぼくは自分を正しい軌道に復帰させる。 出席日数も足りなかったし、成績も当然ひどいものだ ったから、学年をもう一度繰り返すことになる。 でもしかたない。 それは支払うべき代償なのだ。 生活を立て直す。 講義に休まず顔を出し、熱心にノートを取る(それがどれほどつまらない講義 に思えたとしてもだ)。 空いた時間には大学のプールで泳ぎ、体力と体形を維持する。 新しい清 潔な服を手に入れ、酒量を減らし、まともな食事をとる。
そんな生活を続けているうちに、自然に何人かの男女の友だちができる。 ぼくは彼らに興味と 好意を抱き、彼らもぼくに興味と好意を抱いてくれる。 それはそれでなかなか悪くない。 きみを 辛抱強く待ち続けつつ、それとは違う段階で、当たり前の人並みの生活を送る術をぼくは身につ
ける。
やがてぼくに恋人ができる。 同じ講義をとっていた一歳下の女子学生だ。性格が明るく、話を していて楽しい。 利発で、顔立ちもチャーミングだ。 彼女はぼくの「復帰」を多くの面で支えて くれたし、ぼくはそのことに感謝する。 でもぼくの内には常に一定の留保がある。 きみだけのた めのスペースを、心のどこかに保持しておかなくてはならない。
誰かのための秘密のスペースを確保しながら、別の部分で他の誰かと恋愛関係を持つ――そん なことは可能なのだろうか? ある程度は可能だ。 しかしいつまでも続けることはできない。だ
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161 第一部