Created on September 07, 2023 by vansw

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二十歳前後に巡ってきた出鱈目な時期を、ぼくはなんとか乗り越える。今思い返しても、そん な日々をよく無事にまったく無傷とは言えないにせよ通り抜けられたものだと自分でも 感心してしまう。


大学にも学業にも興味が持てず、授業にはろくに顔を出さなかった。 友だちもつくらなかった。 一人で本を読み、ときどきアルバイトをした。 アルバイト先で何人かの男女と知り合って一緒に 酒を飲んだりしたが、それ以上親しくはならなかった。 でも何をしたところで心の安らぎは得ら れなかった。何かに関心を持つということができなくなっていたのだ。 分厚い雲の中を放心状態 で、ただ前に歩み続けているようなとりとめのない日々だった。 すべてはきみを失ってしまった ためだ。強い求めがかなえられなかったためだ。


でもある日ぼくははっと目覚める。その覚醒の直接のきっかけが何だったのか、今となっては 思い出せない。でもそれがごく些細な、ありふれたものごとであったことだけは間違いない。た とえば作りたてのゆで卵の匂いとか、断片的に耳に届いた懐かしい音楽とか、アイロンをかけた ばかりのシャツの手触りとか…それが意識のどこか特別な部位を刺激し、ぼくをはっと目覚め


CREARE


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