Created on September 06, 2023 by vansw

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ではないことがぼくにはわかる。 きみが何かを口にしたなら、それはきみが心からそう思ってい


るということだ。 特別なインクを使って特別な紙に書かれた間違いのない約束なのだ。


だからぼくはそれほど心配はしない。 待つことが大事なのだ。 ぼくはきみからの手紙を待ちわ びながら、きみ宛ての手紙を普段のペースで書き続ける。 日常生活の中でぼくの身に起こったこ とや、頭にふと浮かんだことを文章にして書き送る。 壁に囲まれた街についての新しい疑問も付 け加える。いつもの便箋に、いつもの万年筆といつものインクで。でもきみからの便りが一ヶ月 を超えて途絶えたとき、思い切ってきみの家に電話をかけてみることにする。 それまできみに電 話をかけたことはない。 家に電話をかけてもらいたくない、という意味のことを言われていたか らだ。遠回しに、 しかしぼくがちゃんと呑み込めるように。 何らかの事情があり(どんな事情か は知らないが)、ぼくがきみの家に電話をかけるのは好ましいことではないらしい。でもこれ以 上、きみの手紙を黙って待ち続けることはできない。


六度電話をかけてみたが、誰も出なかった。 ぼくの心臓の鼓動に合わせて、呼び出し音が空し く鳴り続けるだけだ。 家には誰もいないのかもしれない。 七度目に電話したとき (それは夜の九 時半過ぎだった)、 男が電話に出て、 不機嫌そうな低い声で「もしもし」と言った。 中年の男の 声だ。 ぼくが自分の名前を告げ、 夜分申し訳ないがきみと話がしたいのだと言うと、相手は何も 言わずに電話を切った。 鼻先でドアをばたんと閉めるみたいに。


そのようにして十月が過ぎ去り、ぼくは十八歳になり、 十一月がやってくる。 秋が深まり、高 校生活は終わりに近づいている。 ぼくはますます不安になる。 きみの身辺に何かが持ち上がった のだろうか? そしてきみは煙のように宙に消え失せてしまったのだろうか? それともひょつ


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