Created on September 06, 2023 by vansw

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めながら言った。 「毎日一時間ほど外に出して運動をさせているし、食欲だってなかなかのもん


だ。 久しぶりに会ってみるかね?」


会ってみたいと私は答えた。


影が住む場所は、街と外の世界の中間地点にある。私は外の世界に出ることはできないし、影 は街の中に入ることはできない。 「影の囲い場」は影を失った人と、人を失った影とが交流でき る唯一の場所だ。 門衛小屋の裏庭の木戸を抜けたところに「影の囲い場」はあった。 長方形で、 おおよそバスケットボールのコートくらいの広さだ。 突き当たりは建物の煉瓦の壁面で、右手は 街を囲む壁、あとの二方は高い板塀になっている。 片隅に一本の楡の木があり、私の影はその下 のベンチに腰を下ろしていた。 大ぶりな丸首のセーターの上に、だらけの革のコートを着てい た。 そして生気を欠いた目で、枝の間から見える曇り空を仰いでいた。


「あの中に寝泊まりする部屋がある」と門衛は突き当たりの建物を指さして言った。 「ホテル並 みとまでは言わないが、 まっとうで清潔な部屋だよ。 シーツも週に一度は取り替えるようにして いる。どんなところか、見てみるかい?」


「いや、とりあえずここで話ができれば」と私は言った。


「いいとも。 二人で積もる話をするといい。しかし言っておくが、下手にくっついたりしちゃ駄 目だぜ。 もういっぺん引き剥がすのはお互い面倒だからな」


門衛は裏木戸の横にある丸い木の椅子に腰掛け、マッチを擦ってパイプに火をつけた。そこか ら私たちを監視するつもりなのだろう。 私はゆっくりと影の方に歩いて行った。


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103 第一部