Created on September 06, 2023 by vansw
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煙は老人が予告したとおり、日々空に立ち上った。 午後のだいたいいつも同じ時刻、日の傾き 加減からいって、おおよそ三時半というところだろうか。冬は日ごとに深まり、厳しい北風と時
折の雪が執拗な狩人のように、単角を持つ優美な獣たちに襲いかかった。
朝からの雪が降り止んだ薄曇りの午後、久方ぶりに門衛小屋を訪れた。 門衛は長靴を脱ぎ、大 両足を火で温めていた。 ストーブの上の薬罐の湯気と、安物のパイプから立ち上る紫色の煙 が混じり合い、部屋の空気を重く淀んだものにしていた。 広い作業台の上には、様々な大きさの 鉈や手斧が一列に並べられていた。
「やあ、眼はまだ痛むかね?」と門衛は言った。
「かなりましにはなったけれど、ときどき痛みます」
「あと少しの辛抱さ。 暮らしに慣れるにしたがって痛みは引いていく」
私は肯いた。
「どうだい、影をなくしたことは気になるかね?」
そう言われて、しばらく自分の影のことをほとんど思い出さなかったことに気づいた。夕暮れ のあとか曇った日にしか外出をしなかったので、影について自分に影がないことについて 考えを巡らす機会がなかったということもある。私はそのことでやましさを感じないわけに はいかなかった。 一体として長いあいだ行動を共にしてきたというのに、これほど簡単にその存 在を忘れてしまえるなんて。
「あんたの影はまず元気にしておるよ」、 門衛はストーブの前で、節くれ立った両手を揉んで温
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